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2017.02.28

何もない一日だった.無から価値を創造するのは難しい.日記をコンテンツとする上で(文章はインターネットに公開している時点でコンテンツである)最初に遭遇する問題だと思う.

8時半に起きる.記憶がない.10時にバナナを適当に放り込む.自宅における生産性の皆無に気づき,家を出る.近くの大学で昼食を食べ,繁華街に出る.ジャージが足りないことに気づき,段ボールに全く違う衣服が積まれているだけの雑な市場に行く.衣服の山から適当に引き抜き,二束三文を支払う.推しの新刊が出たことを思い出し,本屋に寄って帰宅する.記憶がない.

自宅での記憶が本当にない.本当に何もしていないのだと思う.何もする気にならない.逃げるように昼前に外出し,日が暮れたら帰ってくる.

 

春は極端に走る季節だ.不安定になるとすぐ極端に走る癖があり,春は不安定な季節である.

そういえば昨年の今頃は早朝の築地市場でバイトでもしようかと考えていた.うまくいけば時給1500円を超え,内容はただの肉体労働らしい.

朝2時か3時に築地市場に出勤.ターレーという小型の乗り物を使い,ダンボール箱をひたすら運んでいく.時には荷捌きに従事し,時には市場を手伝う.だいたいそんな感じ.おそらく時給の高さは環境の代償だろう.全身が魚臭くなるし,市場の人間は粗雑だし.

ちなみに志願理由の7割は「ターレーを運転したい」,2割は「時給が高い」,残りの1割が「築地市場が余命わずか」だった.まさか2017年になっても未だ築地市場が存在するとは誰が思っただろうか.昨年の秋頃は「豊洲市場の主要施設下に盛り土がない問題で〜〜〜」から始まる新聞記事が紙面を賑わせていて笑った記憶がある(「〜〜がない問題」というフレーズ,不自然じゃないですか?)

 

もちろんこの計画は結局没となった.冷静に考えて4時間超の肉体労働の後そのまま講義に出席できるわけがない.そんなバイタリティが存在するならばそもそもこんな没落人生を送っていないのである.素直に寝ていることにした.

 

しかし「講義前に早朝バイトを入れる」という骨子だけは没にならず,後のコンビニ朝勤生活に繋がることになる.